森下中田遺跡
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昭和インターチェンジ設置に伴い新設されることになった主要地方道昭和インター線の路線内における発掘調査が平成7〜9年(1995〜1997)まで行われました。縄文時代の遺構・遺物は、包含層から土器片や石器が出土したほか、陥穴1・土抗24が検出されたのみで、森下地域における縄文時代の展開が非常に小規模であったことが窺えます。古墳時代には、Hr−FPの降下に伴う大災害があったと思われ、降下前には10棟あった竪穴住居が、降下後は途絶え、7世紀中葉に11棟の集落が営まれるまで空白期があります。近隣の川額軍原T遺跡の古墳群が隆盛期を迎える8世紀になると、住居の数もピークに達し16棟に増えます。9世紀以降、一時期を除けば、集落は衰退を続け、11世紀以降は土壙墓を4基残すのみで途絶えてしまいます。
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